少し考えさせられた「料理と染色」

 爺ちゃんは朝からそわそわしている。
 爺ちゃんとは私(山路)の祖父ではなく、ウチの師匠の事だ。

 今日はその爺ちゃんが大好きなタミちゃんが工房に来るからなのだ。
 タミちゃんは別に爺ちゃんが好きなわけではないから、
爺ちゃんの片思いというか、勝手に好きなだけなのだが、
その理由はいたって簡単で、彼女も呑兵衛だからなのだ。早い話、爺ちゃんは飲み仲間が欲しいのだ。

 タミちゃんは飲みに来るわけではなく、マリリンが描いた特注の帯の図案を見に来るのだ。
 あっ、マリリンというのは内藤 麻里さんの事で、
その麻里をもじってマリリンというあだ名を、勝手に爺ちゃんがつけたのだ。

 帯は「墨地にふくら雀」の柄の着物に合わせて、お正月に締めたいというが、
今は十一月なので大至急品になる。
 手描きの物は普通、制作に二ヶ月ほどはかかるが、締めたいとなると仕立も必要だし、
職人さんは暮れと正月はキチンととるから、十二月の半ばまでに仕立を上げなければならず、
そうなると制作期間は一ヶ月もなく、二十日間ほどで制作しなければならない。

 描くだけなら何とかなるが、私たちが使っている酸性染料という化学染料は、
蒸気にあてる事で生地に定着する。この作業を「蒸し」と呼ぶが、
もし、蒸しを忘れよう物なら、水性のインクジェットプリンタで印刷した物と同じで、
水に濡れただけで色が流れ落ちてしまう。

 蒸しの時間は、色の濃さにも寄るが30分~40分で、
蒸し箱という小部屋と呼んでも良いほどの檜の箱の下に、大きな釜を置いて蒸す。

この作業は専門の業者さんに依頼する。
この蒸し箱は着物にすれば、一回で10反染ほどの反物を蒸せる。
 染色業界が盛況な頃は、朝から晩まで作業をして、一日に何十点という反物を蒸していたのだが、
次第に不況になってくると、一日に一回ていどになり、今では二日に一回くらいしか作業をしなくなった。

 装置が大きいだけに、お湯を沸かすだけで重油代が掛かり、
数点の反物の蒸しでは加工代に引き合わないからだ。

 これは何も蒸しの業者さんに限らず、
反物を整形する湯のし屋さん、蝋などの油性の材料を洗うドライ屋さんも同じ状況なのだ。
 それらの業者さんをひっくるめて「整理屋さん」と呼ぶ。

 そういえば十年ほど前の、まだ不況が忍び寄ってきた程度頃に、爺ちゃんが言ってたっけ。
 染色業界は単価が安く点数が必要な所、つまり整理屋さんから滅びて行くが、
そうなると一気に滅びると。それが現実味を帯びてきた。

 まだ絶滅した訳ではないが、整理屋さんは今や絶滅危惧種になってきている。
 だから私たちも一生懸命に創り続けたいのだけど、いくら創った所で、
アトリエで制作できる点数など、整理屋さんから見れば焼け石に水で、
私たちの頑張りも整理屋さんには蟷螂の斧となる。
 
まぁそんな訳で、私たちがどんなに急いで制作しても、
次の工程に時間というより日数が掛かってしまうので、昔の様な急ぎ物は出来ないのだ。

 だから二十日間という期間は、綱渡りどころでなく糸渡りなのだ。
 その事をマリリンがタミちゃんに訴え、だからタミちゃんもわざわざ来て下さると言うのに、
爺ちゃんと来たら呑むことしか考えてないのだから、呆れて物も言えないとはこの事だと思った。

----------------続く------------------

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 3

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック